精霊ジンとのモロッコ旅④

モロッコ旅④です

これまでのブログはこちらから

【モロッコに向けて】
精霊ジンとのモロッコ旅①


【出発9/19~9/21】
精霊ジンとのモロッコ旅②


【9/22】
精霊ジンとのモロッコ旅③



今回は9/22の夕方からです


青の街シャウエンから4時間かけて
『フェズ』に着きました




地図の④の場所です




フェズは、
9世紀初頭に開かれた、最初のイスラム王朝の都です


地中海沿岸部の地域は、常に外敵の侵略にさらされてきた歴史があるため、
周囲に堅固な城壁を巡らせ、内部を複雑な構造にした都市が発達しました

その中でも、ここフェズの旧市街は
まるで巨大迷路のような複雑さで、「世界一の迷宮都市」と形容されるほどです



前回のブログでお伝えしたシャウエンでも、
周囲はぐるっと城壁に囲まれていました

家も扉が堅牢で、
窓にはおしゃれな鉄格子が入っています








イスラム教の祖であるムハンマド
その婿であるアリーの子孫、ムーレイ・イドリス1世が
バグダッドのイスラム王朝アッバース朝に反乱するも敗れ
モロッコへと逃亡します


そこで、古くからモロッコへ住んでいるベルベル人の信頼を得て、
このフェズの地で、最初のイスラム王朝を興しました



信仰、芸術、商業の面でもモロッコの中心として栄えた古都で世界遺産となってます

モロッコの古都なので、
日本の京都、奈良といった感じの街ですね


その後モロッコではイベリア半島からの移住者や、アラブ人が住み着いて
イスラム教が広まっていきます




フェズの町は
旧市街のフェズ・エル・バリとフェズ・エル・ジェデド、
そして新市街の大きく3つの地域に分かれています


先ずは
フェズ・エル・ジェディドにある王宮へ行きます




13〜15世紀のマリーン朝の王様の城です
現在でも、モロッコ国王がフェズに滞在されるときに使用されるそうです


中には入ることはできないので、
門を見ます



造りが凝ってますね

壁のタイルもとっても細かいです




お城を出ると、南側の通りはメッラハ(ユダヤ人街)となります
スペインで迫害されたユダヤ人の街です
現在はイスラエル建国に伴い多くのユダヤ人はここを去ってます




写真の上側に、バルコニーがあるのが分かるかと思います
この建築様式が、ユダヤ人街の特徴だそうです


この日はフェズにて宿泊しました




そして迎えた9/23
朝一からフェズの旧市街
フェズ・エル・バリへ行きます


ここはメディナ(旧市街地)なので、
城壁でぐるりと囲まれています

入口である
ブー・ジェルード門より入ります




表(外)から見ると青
裏(内)からは緑と彩色あふれるタイルで出来てます



入ると直ぐに
デーツ屋さん、カフェ屋さん等と、お店がひしめき合ってます




どんどんと進んでいくと

ブーイナンア神学校へ到着しました

14世紀に、ブー・イナニア王によって建てられた神学校です




巨大な扉から中に入ると
大理石を敷き詰めた中庭に出ます

中央にある水盤は
授業やお祈りをする前に身を清めるために使用しているそうです




壁面に施された幾何学模様やタイルのモザイクが素晴らしいです




まるで千年前の世界へタイムスリップしたような時間でした




ここは今でも礼拝堂として使われているので
リスペクトのために頭にスカーフをして入りました


イスラム教においては神が絶対で、
その下にある人間同士のあいだには、いっさい差がないと見なされている

そのため、
礼拝堂にてお祈りをする時も、音頭を取る人はいるけど、
いわゆる司祭や僧侶という人は存在しないそうです

イスラムの新たな一面を知りました


そこから
フェズの守護聖人ムーレイ・イドリス2世の霊廟である
ザウィア・ムーレイ・イドリスへ向かいます

ガイドの人に案内されているから行けますが、
はぐれたら二度と同じ場所には向かえない自信があります

さすが迷宮都市です




ここは異教徒は入場出来ないので、
入口よりパシャリ!



次の場所に向かう際、
共同窯がありました



ここフェズでは、
家庭でパン生地を捏ねて、ここに持って来て、パン焼き代金を払って焼いて貰うんですって!

パン焼き窯の人は、誰がどのパン生地をもってきたか、覚えているのだそうです。



パンがたくさん積んでありますが、
私には違いが分かりません…



そうして向かったのが
タンネリ

昔ながらの方法で皮をなめしている地区です




写真の左にある白い壺には、
鳩の糞が入っているそうです

先ずはこれに付けて、革をなめします

漬けては干すの繰り返し


その次に色付け
壺にいろんな色がありますよね


壁にもたくさんの革が干してありました




ここは匂いがキツイので
入場前にミントを配られました

私はミントを直接鼻にぶっ込んで、上からストールを巻いていたので
ミントの匂いしかしませんでしたが


ここで働いている人は、どうなんだろう?
身体を壺に漬けて作業をされていたので、、、

ここで働く人々の多くは、地方から稼ぎに出てきた貧困層なのだそうです
大変なお仕事です



メディナの
建物の構造は基本レンガと土壁出できていて
外側は実直なイメージ




ですが
中はゴージャスな作りになってます





お昼を食べたところが、古い邸宅(リヤド)をレストランにしたところでした
クスクスを食べたけど、うーん?



日本のオカラみたいで、水分を持っていかれる
一口でギブでした



それでは
お昼より8時間かけて
サハラ砂漠へとルートを取って行きます


下の地図のように
サハラ砂漠はモロッコの下のほうに広がっています




サハラ砂漠へ行くには
モロッコを南北と分断する
アトラス山脈を越えなければいけません




アトラス山脈はモロッコの中央に位置し
この山脈の北と南では
大きく気候が違います

では
いざゆかんサハラ砂漠へ

山頂に向うまでは、沢山の木々が豊かです



途中のトイレ休憩で避暑地
『イフレン』に立ち寄ります
このあたりは、オシャレな家やカフェが沢山あります

その後緑はなくなり
土と岩だけの風景となります



時々、川も見えますが
普段は川はないのです



どうやらモロッコでも異常気象で
この夏、沢山の雨が降ったので、突如として川が出来たらしいですよ
日本も酷暑でしたよね


次のトイレ休憩は『ミデルト』

ミデルトとはベルベル語で「中心」という意味だそうです

場所が、下の地図の⑥の場所なので、
確かにモロッコの中心ですよね




結構、走ってきましたが、まだまだサハラ砂漠まで遠い…

ホテルでトイレをお借りしたので
ロビーに地図がありました





3回目のトイレ休憩

ここは軍の施設がある町だそうです

モロッコでは徴兵制度が2019年から復活しており
19~25歳の若者の何万人かが1年の兵役義務を課されるそうです

女性と二重国籍者は兵役に就くかどうか任意で決められるそうです


やっと着きました

地図の④フェズから

⑤イフレン

⑥ミデルトとルートを取り

⑦メルズーガへと
ようやく到着です






もう、日も暮れているので
砂漠も何も見えませんが

ご飯を食べて外に出ると
夜空には星がいっぱいです


ホテルの中庭には綺麗なランタンが灯っていました




ここで、ジンの瞑想をして
エネルギーボールを作りました


このエネルギーボールのことは
また次のブログに書きますね




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