わんこタロット508

先週の日曜日に耕三寺へ行ってきました(^^)



しまなみ海道にある生口島にあるお寺で、
創建した金本耕三氏が、お母さまのために建てられました


山門は京都御所
中門は法隆寺
本堂は平等院鳳凰堂
…というように、日本各地の有名な建築物を模して建てられており、
見ごたえのあるお寺です


中でも日光東照宮を模した孝養門は、本物よりも色鮮やかに作られており
「西の日光」とも称されています




未来心の丘という、
イタリアの大理石を使って作られた庭園も有名です




お天気も良く、素敵な景観でした(^^)


晴天に恵まれた休日から一転、
今週に入ってからはやはり雨続きになりそうですね





「お散歩いけないなーーー」
ガクッ




勝手にアテレコしちゃいましたが、
しょうた君はお散歩嫌いなので、多分気にしてません(笑)


それじゃあ今週のタロットをお願いします




パシっと選んでくれました✨




カードはこちら




「審判」です




過去への取り組みの評価
答えを出す時

といった意味があります


また、その答えに関しても、
これで本決まりといった意味を持つ、
強い選択のカードです

先延ばしにしていた迷い事があるときには、
今週は答えを出すのにぴったりのときですよ



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+3

韓竈神社

こんにちは!留美子です
先日、島根県の韓竈(からかま)神社に行きました



ここは以前より行きたい場所でした!!

が…

かなり道が狭いとのと、足場が悪いとの情報で


お婿さんが秋に資格試験があり、休日には家籠りで勉強するため
この頃は休日にお孫ちゃん遊び係に任命されております


パパリン(じいじ)も忙しかったりで、
なつみと合わせて大人2人でチビーズ2人を連れていくのは難しいなぁ、、、
と諦めてましたが


この休日は珍しく大人4人がそろい踏み


この機会に行ってみよう!
ということになり、急遽参拝の運びとなりました


駐車場に車を置き、しばらく歩くと
良い匂い!
パワーが良いところは、良い匂いがします



クンクン、クンクン
癒される~~(*^-^*)


道の横には滝などもあり、進んでいくと
鳥居が、ありました




うーん
険しそう!




幼子はパパママとお留守番


じじばばの私たちで(笑)
いざ!行かん!


しばらく登ると、ゼーゼー・ハーハー


上から若い男の子が降りて来ました

すぐさまに質問
「まだまだ登るようだよね?」


男の子
「まだまだです。」



「しんどそうだね」


男の子
「上の辺りで、足場は悪いし急だし大変でした…」


やはり、相当きついんだね

しかし、ここで止めるわけにはいかないのです


幼いとき親に
宮島の弥山に入ったからには
最後まで登らないと祟りがある!


幼い私は祟りって!怖い!
っと、ずっと思っていて

ここも、最後まで登らないと祟りかも…と

なんとしても登らなければならないのです


そんな決心をして、しばらく登っていたら
目の前に大岩が出現



この岩をくぐれば、すぐに社があるはず!

カニサン歩きで岩をくぐり抜けました



岩を、潜ることは、
あの世とこの世の扉を開けるってことなんですね


つまり潜ることで
空間を変え、意識の焦点を変えることと、なります


無事に到着!
主祭神のスサノオ様にご挨拶しました







そしてまたヒーヒー言いながら、ひたすら下っていきます

鳥居まで戻ったときには汗だく!

ですが、ここにはもう一つのメイン場所「岩船」があるので、
そこまで少しだけ登ります






スサノオがこの地にやってきた時に乗ってきたといわれる
「岩船」



確かに船首のような形です

マストのように杉の木がまっすぐ伸びています

そして、その奥には大きな銀杏の木がありました



銀杏に寄り添うように杉の木が生えていて、
まるで夫婦のよう

スサノオは出雲の地で運命の相手であるクシナダヒメと出会っています
二人を象徴するかのような木でした

スサノオと銀杏には謂れがあるのか、
スサノオをお祀りしている神社には有名な銀杏がよくあります

例えば奈良の素盞雄(スサノオ)神社には、県下最大の銀杏の木があります




広島でいうと福山市にも素盞雄(スサノオ)神社があり、ここも銀杏が有名です



なじみ深い銀杏の木ですが、
それらは全て人の手を介した栽培種
野生種は中国の山脈で確認されたわずかな数のみということで、実は国際自然保護連合のレッドリスト、
“野生絶滅危惧種”として登録されています


銀杏の木はなんと恐竜が闊歩していた約1億5000万年前のジュラ紀から存在しており、
その時代の植物で氷河期を生き延びたのは、なんとイチョウだけなのです

それ以外はすべて化石で発見されています


そのため、銀杏は“生きた化石”ともいわれているのです


太古の昔から存在する、生きた化石、銀杏
そしてスサノオ

この二つを繋げるキーワード
「岩船」

この奥には古くから産銅地帯といわれていて
金堀り地区の地名や自然銅や野タタラ跡などがあります


ここからは、宇宙創生の歴史セミナーを学んでいる人にしかよく分からないかもしれませんが、
ちょろっとお伝え


太古の昔

地球から掘り出された金は、
資源として宇宙に輸出されていました

スサノオは金を宇宙に輸出する管理人のような存在

金を掘り出し、その金を地球のある地点に集めてから、一気に宇宙に輸出しなくてはいけません

日本の地に金が埋まっていることを知り、
岩船に乗ってやってきたスサノオ
その船を係留するために、銀杏の木を使ったのかも…!?

実際に熊本には樹齢約800年の大銀杏があり、そこにはかつて港があり、海外貿易が盛んであったころは貿易船を繋いでいたといわれているのです

銀杏は幹が太く、火にも強くて、折れにくいのが特徴の樹木です


だからこそ、大きな船も繋いでおけたのでしょう
スサノオと銀杏

そこには宇宙を巡る金の輸出、という壮大な貿易が込められている!!!

のかもしれません(*^-^*)

そんなことを考えながら、
来てよかった~~と大満足でした




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+22

唐人駄場

前回の旅行ブログの続きです(*^-^*)

前回のブログはこちら⇓⇓
足摺岬


見残し海岸から車を走らせて30分

今回の真の目的地である
「唐人駄場(とうじんだば)」に到着しました


名前からして不思議なイメージですよね

唐人というのは異人
駄場とは山頂の平らな場所を指します

そして、この唐人駄場は世界でも最大級の巨石遺跡がある場所なんです

グニャグニャした山道を登っていくと、牧場が見えてきます
この牧場の向かいの方面にも、かつて巨大なストーンサークルがあったそうなんですが、
40年ほど前に市がキャンプ場を兼ねた公園にする際、破壊してしまったそうで、、、

現在は芝生が広がっているばかりとなっています…

何てことを…(>_<)


そこから少し登り、目的地に到着です

まずは登ってすぐのところに
南のサークル、東のサークルと、それぞれの方向にストーンサークルがあります


南のサークル




東のサークル





どちらのサークルも、中央に加工がされている石が置かれ、
それを取り巻くように円状に石が配置されていました

ラピスでもセミナーでストーンサークルを作成しますが、
この作り方のままです



ストーンサークルの目的は、円状に石を配置することによって、
その波動を満遍なく行き渡らせるようになっています


更に上にいくと
辺り一面に巨石がそびえ立っています








この辺りからオーブがすごくって、オーラも物凄く感じます

思わず「うわーーーこれはすごい」と先生と言い合いました
大興奮です



巨石遺跡の案内板がありました

ここで注目です


事前調べでは唐人=異人
と名前の由来にありましたが、ここでは唐人=光輝く神
とありますね

異人というと、つい異国人と思いがちですが
ここでの異人は恐らく異星人

宇宙からやってきた存在のことなので、
唐人=異(星)人=神様
という等式が成り立つわけなんですね




つまりこの巨石遺跡そのものが、宇宙交流センターというわけなんでしょう





岩の間を縫うように、樹々も生えていました
周辺全体に生命力が溢れています





巨石


コントラストがとても綺麗です








大分上り、空にも近くなったところで
亀石(亀頭石)という石が見えます



亀頭はつまり祈祷石といえるかもしれません


こちらは鬼の包丁石




ずんずんと登り、
最後に千畳敷石(神楽石)という表示が見えてきました



梯子を渡って進むと、石の上に乗れるようになっていますが
怖い…!!!!



ですが、せっかくここまで来たのに、行かないわけにはいきません

勇気を出して向かいました


石に到着して、
淵の方まで恐る恐る進むと

広がる大パノラマ



海も見えます

登ったかいがありました!

戻ってから改めて先ほどの案内を見ると



ええ~!?
この上で、神楽…!?

とんでもないです、こわ…

ですが、確かにここで神楽を舞うと、
天上からもよく見えるだろうなと納得でもあります


この巨石遺跡からは縄文人が住んだ形跡が見つかっているといわれています
また、この辺に積もっている火山灰を調べた結果、奄美の喜界島などの土質であることがわかったそうです

つまり、その辺りから巨石を持ってきているのでしょうか?

圧倒的で清々しい場所でした

四国といえども、ここまでの道のりはめちゃくちゃ遠いのですが、
本当に来てよかったと思うほどのエネルギー

いつかまた行きたいです


大満足で宿に戻り、この日はバーベキューをしながら、余韻に浸り
次の日に帰路につきました♡





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+15

足摺岬

こんにちはなつみです(^^)

5/1〜3でお休みをもらい、四国へいってきました

初日は道後温泉にて休養

しっかり英気を蓄えてから、
次の日に今回のメイン目的地へと向かいました!


…とその前に、その場所は足摺岬にあるので、
せっかくなら、、、
ということで

足摺岬にある竜串海域公園で、
シーグラスボートにも乗りました



船底はガラスが張られ、海底を見ることができるようになってます



ここには国内最大のシコロサンゴ群体があり、
高知県の天然記念物に指定されています


普通の海底ではチラホラだった魚たちが、
サンゴ礁になった途端、
たくさんひしめいておりました✨✨

ニモもいて可愛かったですよ♥


15分ほど波に揺られ、
「見残し海岸」へ到着しました



ここは、歩いて行くにはあまりにも難所なため、
弘法大師がこの地を見残したことから、
「見残し海岸」と名前がついたと言われています


砂岩が波や風によって侵食され、
大小様々な凸凹の穴が空いてます







コバルトブルーの海に、広がる海食台地


鼓岩では、穴に手をやり叩くと
名前の通りに鼓のようなポンッという音がします




しばらく進んだところには人魚岩というところがあり、
しっかりマーメイドしてきました(笑)




確かにこれは御大師さまも躊躇するよなぁ、、、

という程に
中々歩きにくいところでしたが、
一見の価値ありでした


次回のブログでは、
いよいよ旅のメイン目的地についてお送りします✨



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+13

アンパンマン

熊本福岡旅行の続きです

押戸石の丘を出発したあとは、温泉に入りご飯を食べ…と
楽しく過ごしました
そこについては改めてブログにまとめます(*^-^*)

そして、次の日には、お待ちかねの「アンパンマンこどもミュージアム」へ向かいました



うちの息子くんは誰よりも、何よりもアンパンマンが大好きです

アンパンマンこどもミュージアムでは、息子くん並にアンパンマンがだーーーい好きな子供たちで溢れていました


たくさんの子供たちに愛されるアンパンマン



ここ1年、息子に付き合ってアンパンマンを見るようになり、
改めて大人の目線で見ることで、たくさんのことに気づきました

なんでアンパンマンがピンチになる度に、ジャムおじさんはパンを一から作り直すんだろう…
生地だけでも作り置きができるのでは…?
とか(笑)



数ある疑問の中でも強く感じたのは
なぜアンパンマンは自分が弱くなっても人を助けるのか?
なぜ毎回バイキンマンは悪さをするんだろうか?




その答えはアンパンマンの公式サイトにありました

Q.ばいきんまんはいつも負けるのに、どうしてアンパンマンと戦うの?

A.ばいきんまんは、アンパンマンをやっつけることが生きがいなので、何度やられても、またアンパンマンと戦おうとします。それに、とっても立ち直りが早いので、やられても平気なのです。

ばいきんまんの生きる理由は、アンパンマンを倒すこと。
アンパンマンの世界では、誰もが「何のために生きるのか」を大切にしていて、それを失うと生きていけません。

ばいきんまんにとっての「生きる理由」が打倒アンパンマンなのです。


はは~~~~、なるほど
確かにアンパンマンマーチにも

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは嫌だ!

ってあるもんな…

と、ここでまたもや疑問

実はこのアンパンマンマーチ、
「なんのために生まれて~」の部分はアニメのオープニングには使われていないんです

アンパンマンマーチの歌詞はこうなっています

(1番)
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きることで
熱いこころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

(2番)
なにが 君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのはいやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は 飛ぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

そして、実際のアンパンマンのオープニング曲はこちら

アニメのオープニングには、2番の
「なにが君の幸せ~」の部分が使われています

「なんのために生まれて~」の1番の歌詞部分は、
アニメのオープニングには重すぎるということで、2番が使われているそうです


でも、本来の順番こそが大切なことなんじゃないかと思うんです


つまり、「自分」が何のために生きるのか

これが1番に来て

「君」の幸せ

それは2番目ってことなんだと思います


タロットセッションの時にもよく使う例え話で、
自分の心のコップを満たすから、他の誰かに与えられるんだよ
ということがあります



自分の心のコップにお水がカラカラだと、結局は与えている人もカラカラに乾いてしまうのです


アンパンマンも、バイキンマンも
「誰か」のためではなく、「自分」のために、

誰かを助ける
誰かにイタズラをする

結果は違えど、原理は同じなんですね


そして、この一見「善」と「悪」に思える行為も、
結局は何が良いか悪いかと断定することはできません

人間にも良い心と悪い心の両方がバランスを保って存在しているように、アンパンマンとバイキンマンは両者が「光と影」「プラスとマイナス」のような関係で片方だけでは存在できなくなっているといわれています

原作者のやなせ先生も
「生きることはバイキンとの戦いを避けて通ることは不可能」だが「バイキンを死滅させれば人間そのものも死滅してしまう」と語っています


公式YouTubeに、「アンパンマンが生まれた日」
というエピソードがあります



これを見ると分かるように、
アンパンマンとは、他の星からやってきた存在、つまり宇宙人です

バイキンマンも、バイキン星からやってきた宇宙人

つまりアンパンマンという世界観は
舞台であるアンパンマンワールドで生まれた住人たちと、
それを助ける存在のアンパンマン
それを阻む存在のバイキンマン

こうした関係で成り立っているというわけです



宇宙創生の歴史セミナーやブログでも触れているように、
私たち人類の誕生には、地球以外の生命体の存在が深く関わっています





そして、それには私たち人類にとって「善」といえる存在も「悪」といえる存在もいます

ですが、それは一方の角度で見た場合の善悪であり、
見た目を変えると、それは真反対に変わるものです

同じことは、宇宙という大きい事柄でも起きていて、
私たち個人という小さい事柄でも起きています


大切なのは、
多角的な視点でそれを判断すること

アンパンマンが正解なのか?
バイキンマンのほうがもしかして正義なんじゃない?
なんて目線が、どの事柄にも必要なんでしょう

そして、誰のためでもなく
自分がどうしたいのか

それを知るために、私たちは生きているのかな

なんてことを考えながら、福岡を後にしました


次のブログでは、
もう少しフランクな感じで、この旅で食べたものをまとめたいと思います💕


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+12

押戸石の丘②

こんにちは、なつみです

前回のブログでは、
なぜ阿蘇の地にある巨石遺跡「押戸石の丘」にシュメール文字が…!?

というところで終わりました


(前回のブログはこちら)

シュメール文字を使っていたシュメール人とは、メソポタミア文明の初期を担っていた民族です



メソポタミア文明は世界最古の文明といわれています


ですが

実はそれよりも前に日本には文明が発達していました


それこそが「縄文文明」です



メソポタミア文明は紀元前約9000年といわれていますが、
日本の縄文時代を文明とすると、なんと紀元前1万6000年よりも古くから始まっているのです

実際に青森では約1万6000年前の縄文式土器のカケラが発見されており、現存する中で世界最古の土器とされています



縄文人は自然と共生して過ごしつつも、高度な文明を持っていた民族です

青森県の三内丸山遺跡の集落の周りにはクルミの木が生い茂っており、そのことから、縄文人はクルミの木を人工的に植栽して集落の周りをクルミとどんぐりの木でぐるりと囲んで森を形成していたことが分かっています

また魚は、頭を捨てて鯖とマグロを日干しにして食べていました



縄文人の生活は、「正円」を意識して作られていました
村全体が円形に配置され、中央には祭りの場がありました
更に、家の一つひとつも、すべて円形で作られており、冬至の朝に東門の方から光が中心に差し込むように配置されていたのです

これは、宇宙と一体になる「ワンネス」の考えに共通するものです



空間と一つになると、人々の魂も一つに結ばれ、調和のあるつながりが、深い魂の結びつきを実現させるといわれています

円形だと、中心を意識しやすいのです
円形にいるみんなが中心に意識を向けることにより、エネルギーは集約し、一つになります


また、縄文時代の人たちは、北枕で寝ていました

北とはそもそも「気多」

地球は巨大な磁石ですが、そこに存在するすべてのものは地球と同じように磁気化されていて、それは私たち人間も例外ではありません

頭を北の方角に向けて寝ると、夢を鮮明に覚えていられたり、頭が冴えてスッキリし、多次元の情報に簡単にアクセスできるといわれています



このように、高度な知識を持ちつつ、自然エネルギーと共存して過ごしていた縄文人

彼らのDNA分布を調べると、大陸全般に広がっていることが分かっています

特に朝鮮半島が一番多く、次に中国、インド、そしてヨーロッパでも多くの縄文人のDNAが発見されています

しかし、大分県の大学教授が、改めて、縄文人の男性DNAの分布図の研究を行った際

その多くは日本以外では3ヶ所に集中しており、他の地域では殆ど発見できなかったのです

その場所は現在のイスラエル、中国内陸部、インドの南端だったそうです


ここから推測される縄文人たちの軌跡は、男性だけで日本を出発し、大陸に着くと、辿り着いた集落に一定期間滞在定着して子孫をつくり、産まれた男の子たち全員を引き連れて、また旅に出かけたということです

村で産まれた縄文人の遺伝子を引き次ぐ女性は、その集落で広く繁栄してして残され、大陸中に広がっていき、
縄文男性の遺伝子は、痕跡を残さずさらに旅を続けていき、数年後に日本へと戻ります

その結果が、DNA分布の男女差として現在残っているというわけなのです



シュメール文明は突然として現れた文明といわれています
というのも、シュメール文明は高度な天文学、数学、都市の古代遺跡などを持っていたにも関わらず、その周辺には全く文明の遺跡のかけらがただひとつ発見されていないからです

文明とは、人が集まり、生活をして、生きていく中で工夫やルールが生まれ、花開いていくものです

ところがシュメール文明では、いきなり忽然としてシュメール人が現れ、超高度な文明が築かれているのです



・世界中に旅をしていた縄文人
・突如生まれたシュメール文明


ここから導き出される答えはなんでしょう?、、、

もうお分かりですよね

そう

つまり、シュメールの地に突如現れたシュメール人こそが、日本から旅をしてきた縄文人だということなのです

縄文時代は紀元前4000年まで続いた、とても長い文明です

シュメールで文字を生み出した縄文人たちが、日本に帰ってきて、阿蘇の地の巨石遺跡を作り、シュメール文字を刻んだとしても、なんの不思議もありません




ラピスでは去年より、こうした世界の歴史
宇宙の歴史を紐解くセミナーをしています

そのため、
どうしてシュメール文字が刻まれているのか
なぜ縄文人は旅をしたのか

そこは分かっていました

だからこそ、
こうして実際に現地で歴史の証拠となるものを見ると、
これまでは「へー不思議だなぁ」
で終わっていたものが
「なるほど、だからなのか」
と、本当の理解に通じることができます

知ること、触れること

両者ともに経験することで

理解することにつながるんですね


とても興味深い場所でした

また、巨石群だけではなく
カルデラの後ろに広がる「火砕流台地」



阿蘇山の噴火により流れ落ちた火砕流が、長い年月を経て侵食が進み、現在のなだらかな波打つ大地となりました

余りにも広大な景色に圧倒されました




本当にオススメの場所です
機会があれば、ぜひ行ってみてください






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押戸石の丘①

こんにちはなつみです(^^)/

この三連休を使って、熊本に来ております
一番の目的は、本日向かう福岡のアンパンマンミュージアムなのですが…(笑)

どうせなら今まで行きたくても行けなかったところへ!
ということで、大好きな阿蘇にやってきました(^^)

まず向かったのは、
「鍋ヶ滝」

お〜いお茶のCMのロケに使われたこともある、有名な滝です

駐車場から少し歩くと見えてきました





ばばーん!



高さ約10メートル、幅約20メートル
まるでカーテンのように広がっています


この形状は、昔の阿蘇山の噴火により蓄積した火砕流蓄積物が、長い年月をかけて川に侵食されて形成されたものだそうです

裏からまわって見ることもできます

大迫力
マイナスイオンをたっぷり浴びてきました✨✨


次に向かったのは、この日のメインスポットである
「押戸石(おしといし)の丘」

ここは縄文の聖地といわれ、たくさんの巨石遺跡が点在しているスポットです

未舗装の砂利道を登っていくと
あたりの様子が一気に変わります



野焼き後らしく、土がところどころ黒くなっており、
そこに新緑がちらほら覗いています



受付を済ませ、早速丘を登っていきます
頂上付近に岩が点在しているのが見えます



えっちらおっちら
20分ほど登ると、到着!




標高845mの丘に規則正しく並ぶ巨石群は、最大のものは高さ5.5m、周囲は15.3mもあります

9組の巨石が置かれており、
それぞれに意味があるそうです

まずは、
日時計の役割があったとされる
「はさみ石」
石の狭間が夏至に太陽が昇り、冬至に太陽が沈む地点になっています




そして
「祭壇石」
神事における供え物置場(祭壇)として使用されていたと考えられています

夏至と冬至の太陽が昇る線上(太陽の道)にあり、太陽の道と90度に交わる北側の線を水の道、南側の線を火の道といいます

押戸石の丘にある祭壇石から、大分県の渡神岳と福岡県の宗像大社を結んだ直線を「水の道」と呼びます

一方、祭壇石から阿蘇山と宮崎県の高千穂神社を結んだ直線を「火の道」と呼びます

これらの道は太陽の軌道線と直角に交差していることから、縄文時代の人が造った神の道ではないかと考えられているそうです



「鏡石」



祈りの場に使われていたとされる
「押戸石」
巨石群の中心をなす高さ5.5m.周囲15.3mの石
頂点の真北には北極星があります



鏡石、押戸岩にはそれぞれ不思議な線刻文様があります

南小国町教育委員会が調査を依頼した結果、これはシュメール文字であることが確認されました

シュメール文字は、記号のような形をした、世界最古のくさび文字

どのような意味のシュメール文字が刻まれているかは、受付で教えてもらえたので、写真を撮らせてもらいました



鏡石に刻まれているのは、蛇神と神聖なる雄牛を表すシュメール文字です

ここの地名は南小国町中原(なかばる)

石に刻まれた蛇神は「ナーガ」、聖牛は「バール」と読むことから、中原という地名はシュメール文字の名残だと考えられています

なぜこの地にシュメール文字が…?

その謎については、長くなるので次のブログでお伝えしたいと思います!



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宇宙創生②

こんにちは留美子です!


先日、
『日本ピラミッド』へ行ってきました!




え?日本にピラミッドがあるの?

と思われた方もいるかもしれません



そもそもピラミッドとは
お墓ではなく
宇宙と交信する場所のこと


太陽神をまつる神殿を山頂に建設した、
「山自体」のことを指します


実は日本にはたくさんのピラミッドがあるんです!

その一つが、
広島県庄原市にある葦嶽山(あしだけやま)にあります


葦嶽山にピラミッドがあることを発見したのは、
オカルト研究家の酒井勝軍氏


「神武天皇のお墓ではないかと言われている山を村の若者たちが登ったところ
山頂に巨石があり、そこに宝があるのでは…!

と掘り進めたところ、石垣や石材しか出ないので中止した。その巨石には意味不明な文字が刻まれていた。」


というお話を、昭和9年3月、地元の代議士から聞いた酒井さん



同年5月に、
その山を調査しました


そして調査の結果、

「ここが2万5000年前に建造された日本のピラミッドである!」

と宣言したのです


当時は新聞などでも話題になり、全国から人が殺到したらしいです


詳しくは、酒井さんの書かれた

「日本ピラミッド超文明」

という本を見てみてくださいね



そして酒井氏はこんなことも言っています

「ピラミッドの発祥地は日本であり、2万年前から3万年前の超古代にさかのぼる。
そして、エジプトのピラミッドはこの日本発祥の原型的なピラミッドが伝播したもの」


「古代には日本民族が世界中を支配しており、天変地異でその文明は崩壊してしまった。
天変地異によって、それぞれの地域に孤立した子孫たちがエジプトに神殿を作ろうと思いできたのがピラミッドである」


ワオ~✨
何と興味深い!


今、ラピスでは宇宙創成のセミナーをしています


酒井さんから直接お話を聞きたかった…
(1940年にお亡くなりになっておられます)



ですが、
ピラミッドには行ける!
なんたって広島だし!

ということで
いぬ二匹を連れてLet's Go!

 

高速を使って
あっという間につきました

まずは腹ごしらえということで、
お昼ごはんです✨



土日限定のお蕎麦屋を発見したので
そこで、お蕎麦を頂きました



地域のお母さん方がお店をしているみたいで(多分)
お味も優しかったですよ


ただ、12時前には着いたのに、
定食は売り切れてましたので
行かれる時はお早めに~



お腹も満たされ、
準備は万端!


山に登るぞ〜
と張り切っていたところ

崩落のため車はご遠慮してくださいと看板が…


なので、駐車スペースに置いて
アスファルトの道を歩いて登りました


この調子なら楽勝か〜
と思っていたところに…





どうやらここからがスタートみたいです
(何台が車が停まっていたので車でこれたのかも…)


よーし、ピラミッドに登るぞー!

と、なりますが…


お供のワンチャン
既に、この時点で歩きたくないよ〜
と駄々っ子


抱っこして歩くはめに…(街っこ犬です)



階段が続いていて、結構きつめでした


途中見えた巨石「鷹岩」



確かに鷹に見えますよね

ヒイヒイ言いながら登って1時間くらい…
(案内には30分とありましたが、到底無理!)



ようやっと頂上に着きました!
これがピラミッドの頂点から見た景色です✨

景色がサイコーです✨



で、肝心の巨石群はどこ?と見回すと
ここから、さらに歩くようです


そして、道を見ると険しい道でした

チャレンジしてみましたが
滑りそうになるし
お供たちは、必死の顔で四本の足をフリーズして
行くことを断固拒否!


ということで、
今回は諦めました…


頂上から少しだけ、
巨石が見えました


今回は行き着けなかった巨石群は、
こんなところだそうです


庄原市から画像をお借りしました





最初のほうに、
今ラピスでは宇宙の創成のセミナーを開催しているとお伝えしました



今から書くことは、これからお伝えするところなのですが、ちょこっとご紹介します♥



太古の時代
地球を支配してきた宇宙人は
主に3種類

・シリウス
・プレアデス
・オリオン


この中でも、
シリウスから来た宇宙人たちは、
地球の巨石群と関係があります


昔、シリウスから来た宇宙人たちは、
宇宙船のトラブルによって
緊急に避難しなければならなくなり
その時に地球に不時着しました


帰れなくなったシリウス星人は、
故郷から応援を呼ぶことに


そのために、
地球に巨石の構造物を建てて
通信しやすくしたのです


エジプトのピラミッド
メキシコのピラミッド
イギリスのストーンヘンジ
イースター島のモアイ像などにも
影響を与え、
巨石文明が築かれたそうです


日本にも巨石群が山の頂上などにみられますが
それも、シリウスの宇宙人が置いたといわれているんですよ!



ですので

きっと、
日本ピラミッドもシリウス星人が作ったのでしょうね


シリウス星人は
犬型、熊型、ライオン型…などとも呼ばれています

身長は4メートル以上

エジプトのアヌビス神は、
シリウス星人といわれています




不時着した後は、
山の上などに住み
巨石を使って保護シールド築いて暮らしていました



保護シールドがないと生きていけないので
常にヘルメットを被ってました

それが、一つ目の巨人に見えたそうです


ギリシャ神話に登場する一つ目の巨人
サイクロプスもシリウス星人といわれています



(画像はフランス画家オディロン・ルドン
が描いたサイクロプスです)



日本では、ダイダラボッチとしても知られています



ダイダラボッチは、宮崎駿監督の「もののけ姫」にも登場しますね



そういえば、
ダイダラボッチに変わる前のシシガミ様の姿も、シリウス星人の特徴に通じるものがあります…



そんなシリウス星人が住んでいたに違いない、
巨石群のある場所の名前は
鬼叫山(ききょうざん)というそうです



シリウス星人は、通信をするときに出す音は、
今でいう山伏が法螺貝をふくような音といわれています


想像してください…


山で一つ目の巨人が、法螺貝のような音を出している…



昔の人が、鬼叫山と名付けるのも納得ですね



さて、

シリウス星人をご紹介したときにお伝えしたように
彼らが巨石群を建造したり、音を出したりするのは


「仲間と通信するため」



ということは、この山頂から仲間を呼んでいた


それはどの方面に呼んでいたのか…
頂上からの風景を確認


すると、山々がそびえる中




南西の方向は開けているなぁと発見




もしかして、南西の方に向けて発信していた?



仮説を立てて、
地図で確認!



すると…



なんと、
先日の九州旅行にて行った、

神武天皇が大和に船出した
日向、美々津港があるではないですか!


その時のブログはこちら






思い出してください!


ブログの始めにも書きましたが、
元々、この葦嶽山がピラミッドと分かったのは


「昭和9年3月、
神武天皇のお墓ではないかと言われている山を村の若者たちが登ったところ
山頂に巨石があり、そこに宝があるのでは…!
と掘り進めたところ、石垣や石材しか出ないので中止した。その巨石には意味不明な文字が刻まれていた。」


という話を酒井氏が聞いて、調査したことから始まっているのです



やはり、神武天皇とシリウス星人は深く繋がっていると確信です


ますます神武天皇に対しての謎を解き明かしたいですね…!




酒井氏は、
著書である「日本ピラミッド超文明」で
ピラミッドの発祥地は日本であると唱えています


2万年前から3万年前、
日本発祥の原始的ピラミッドがエジプトに伝搬したというのです


2〜3万年前といえば、
日本は縄文時代


実はこの時代、
地球に最もシリウス星人たちが住んでいた時代といわれています



また、古文書などでも、
(日本書紀古事記より以前のもの)
日本が世界の始まりであると書いてあります

以前、ラピスツアーでも行ったことのある
熊本県の平幣神宮でも、
日本が人類発祥の地で、そこから世界へ広がったといわれました



ここまでの発見から、
多分こうだったんだろうというイメージを基に、
歴史の動きを書いてみましょう!

2万5000年前
日本は縄文時代

シリウス星人たちが、
葦嶽山へ飛来
最初は宇宙船が故障したため、救難信号を送るために巨石群を築いて仲間へ交信

それをきっかけに続々シリウス星人が地球へと到着
交信場として、巨石群を築いて交信

シリウス星人=ダイダラボッチ
ダイダラボッチには山や湖沼を作った伝承が多く、神様と崇めていた

人類は
日本から広がり、エジプトへ

(もしや、その広がりにもシリウス星人が関係している?)

神様と崇めるシリウス星人の指示のもと、
エジプトでピラミッド建設

それが、後にアヌビス神となる

更に、世界中へ広がる人類
モアイ像
ストーンヘンジなど
巨石群を築き、
シリウス星人=神様への信仰も広がっていく…

と、、、


うーん、なんて膨大なロマン



どうでしょうか?


とても楽しい旅でした



我が家の
シリウス星人仲間、ワンコたちは
ホトホト疲れたみたいです


帰りの車では爆睡しておりました



詳しくことが知りたい方は、
ラピスでまたお話しますね!

長文になりましたが、
見ていただきありがとうございます♥



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宇宙創成①

こんにちは、留美子です😄

この4連休を使って、
宮崎県、鹿児島県の旅に出かけてます



というのも、
実は今、宇宙創成の歴史の研究が
マイブーム

というのも
コロナの影響で時間の余裕も出来、
これまで「読みたい」と思いつつも
手を出せていなかった本を色々読んだりし、
私なりに考察しているのです


そんな中、
9月8日の会見で、河野防衛大臣が
万が一UFOに遭遇した場合の撮影や報告の手順に関する対処方針を、近く決定すると明らかにしました

とうとう未知との遭遇も間近か?!
と色めきたっております


ラピスでは今まで
毎年の出雲旅行や

グランドクロスで、回る伊勢神宮
神社参拝
弊立神宮、高千穂など、天孫降臨の旅
等々…色んな企画でツアーをしてきました

その企画段階で
現地へ視察に行ってインスピレーションを得たり
日本神話を勉強したり…
と、長年ライフワークの一環として
取り組んできている中で

神様は
どう考えても
『宇宙人』だなー

という私の思いが大きくなってきたのです

神様と思って、神話を読んでると
なんで天上界から降りるの?
それも飛行物体に乗って?


となるのですが
これを『宇宙人』だと置き換えると
腑に落ちるんですよね



そして、そこを研究していくと

神様=宇宙人は
この日本を中心に世界へ広がっていったんだ!

ということが
だんだん見えてきました


ですので
先ずは日本の歴史をまとめていこうかなと思います


これから、
宇宙創成のカテゴリーで
色んな時代の話しなどを書きたいなと思ってます


始まりである今回は
【神武天皇】のお話となります


神武天皇は初代天皇です



しかし、その容姿は

・3m15㎝
・頭には9㎝程の雪のような白い角が二本
・背中には背鰭があり、その長さは1m20㎝
・尾の裏側には大きな鱗が72枚


と、いわれています

どう考えても人間じゃありませんよね…?

その姿はまるで
「龍」です



そして、その正体こそが、
「ドラゴニア(龍人)」という宇宙人
もしくは宇宙人と人間のハイブリッドなんじゃないか、といわれているのです


宇宙人の種類は沢山ありますが
この地球に関与した宇宙人は
ニビル星からきたアヌンナキ
そして、オンオン、シリウス、
プレアデス
といわれてます


先ずは
宮崎県の天孫降臨の地
くしふる神社へ参拝します

【くしふる神社】

天孫降臨の主役である
ニニギノミコトをお祀りしていますが
他にも数柱の神様がお祀りされています

鳥居をくぐります



青々とした森のトンネルです



山そのものが神と崇められている所ならではです

入っただけで空気が違います

本殿に参拝



確かここは「高天原遥拝所」があったはず…
どこかな―

右、左と道を探しても見つからないので
取り敢えず右の道を選択しました

ありました



高天原遥拝所



この地上に降りてきた神々が
遥か遠くの高天原(天上界)を
拝んだ所です




精霊さまがいらっしゃいました



ご挨拶をして
いつもありがとうございます
と感謝を伝えます


次に

【立磐神社】



ここは神武天皇が大和の国(奈良)に向けて
船で旅立ったとされる所です



最初の海軍とありました


神武天皇が腰かけた岩




月、太陽の灯籠





世界の真のリーダーは
この太陽派と月派との戦い!
といわれていますが…
神武天皇はどちらなんでしょうか?

ホントに興味が尽きません!


この神社には朝の5時から
スタンバっていました
日に向かう
日向の地なので
太陽が真東に昇るので
秋分の時に太陽を拝みたかったのです


『宮城県日向美々津』
ここは神武天皇が
大和の国(奈良)へ船で旅立ったところです



秋分を迎えるこの時に
この海岸から朝日を拝みたいと思います



動画をご覧下さいね



【余談編】

立磐神社から車で15分程で
『十字岩』へ行けます



漢字の叶うの形になっていて
宮崎県の観光スポットとして
願いが叶うとパワースポットと紹介されてましたが
叶うということより
岩の形が東西何北に設置されていることがミラクルです!

きっと宇宙船から見たら
地図の方位のようにみえただろうなー(笑)


と、このように
神武天皇の足跡を辿ってみました

宇宙創成については、
セミナーにもしています

興味のある方は、お伝えくださいね



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お遍路

こんにちはなつみです

先週、お遍路にいってきました
コロナの対策のために車移動でのお参りです

49番~53番のお寺に参りました


第四十九番は西林山 浄土寺




ご本尊は釈迦如来さまです





お寺にはそれぞれご本尊がいらっしゃりますよね

阿弥陀如来さまや釈迦如来さまなど、聞いたことがあると思います


仏さまは、如来、菩薩、明王、天の4つのカテゴリーに分けられます


如来はそのカテゴリーの中も一番高い位で、すでに悟りを開いている存在です

菩薩は悟りに至る一歩前の修行中の存在
如来の補佐役ともいわれています

観音菩薩さま、弥勒菩薩さま、文殊菩薩さまなどが有名ですよね


仏さまにはそれぞれの専門分野があり、それぞれ功徳が違います


こちらのお寺のご本尊である釈迦如来さまは、つまりお釈迦様のこと



仏教の開祖です
すべての如来像の基本となり、人を悟りへと導いてくれます




第五十番 東山 繁多寺




ご本尊は薬師如来さま



薬師如来さまは、「薬師」という名前の通り、手には薬を入れる壺を持たれています



病気平癒の願いを叶えてくれる仏様です




第五十一番 熊野山 石手寺



こちらのご本尊も薬師如来さまでした






第五十二番 瀧雲山 太山寺



ご本尊は十一面観世音菩薩さま



頭の上に11の別の顔を持つ観音様です
苦しんでいる人をすぐに見つけるために頭の上に11の顔があります
様々な災難から守ってくださり、延命や、極楽浄土に行かせてもらえるといわれています






第五十三番 須賀山 圓明寺



ご本尊は阿弥陀如来さま



阿弥陀如来さまは亡くなった人を極楽に迎え入れてくれます
「南無阿弥陀仏」と唱えたあらゆる人々を必ず極楽浄土へ導くとされています




それぞれのお寺で「いつもありがとうございます」という気持ちでお参りしてきました

全てをお参りするにはまだ時間がかかると思いますが、
これからも少しずつ、感謝の気持ちを伝えながら、お参りしていきたいと思います☺




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