宇宙創生⑧

こんばんは、
留美子です!

宇宙創成8をお送りします

これまでのシリーズはこちらから

宇宙創生①

宇宙創生②

宇宙創生③

宇宙創生④

宇宙創生⑤

宇宙創生⑥

宇宙創生⑦


さて、前回の終わりは
「天孫降臨」をした神様というのは、ニニギだけなのか?
⇒いや、そうではない


というところで終わりました


今回はそのお話しをしよう!と思っていたのですが、
その前に、ここまでの経緯を少しまとめてみようと思います


まず始め

世界は混沌、つまりカオスで生まれました




このときは数柱の神様が存在するだけで、
まだ何もない状態でした


それからしばらくたって、世界は

天界である「高天原(たかまがはら)」
地上である「葦原の中つ国(あしわらのなかつくに)」
冥界である「黄泉の国(よみのくに)」

として、三層に分かれました




しかし、
神々で賑わっていく高天原に比べ、
地上の葦原の中つ国には、
海があるばかりで栄える気配がありません


そこで、
イザナギノミコトとイザナミノミコトという男女の神様が、
地上を固める鉾を使って、日本という島を造り出しました




これが神話の国産み伝説です



その後、イザナミは火の神様を生んだ時の怪我が原因で死んでしまい、
そのことに納得できない夫のイザナギは黄泉の国まで迎えにいきました

しかし、黄泉の国にいたのは腐った体のイザナミ

変わり果てた妻の姿に驚いたイザナギは逃げ帰ってしまいます




このときのエピソードで有名な黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)の舞台には
2017年の出雲ツアーで行きました

旧ブログに詳細を記しています

「出雲下見の旅」


逃げ帰ったイザナギは、
黄泉の国の穢れを清い川で祓いました

そのときに生まれたのが、
アマテラス、ツクヨミ、スサノオ
という三貴神と呼ばれる三柱の神様たちです





その後、
アマテラスは天の界
ツクヨミは夜の国
スサノオは海の国

それぞれ治めることにします


しかし末っ子のスサノオはマザコン&暴れん坊
「お母さんに会いたい!!!」と泣き叫び、
海は大荒れ状態に



父のイザナギに、海の国は任せられん!出ていけ!と怒られたスサノオは、
姉を頼って高天原へ…


しかし、そこでも姉のアマテラスを困らせ、
嫌になったアマテラスは天の岩戸に引きこもってしまいます





他の神様たちが知略を巡らせ、何とかアマテラスには出てきてもらい

事の発端のスサノオは葦原の中つ国に追放されてしまいます



その後、
追放された先の出雲で出会った女性に一目ぼれをしたスサノオは、
ヤマタノオロチという大蛇から救う代わりに、彼女を嫁として迎えます




愛しい人と家族を築き、スサノオは
そこでようやく落ち着いたのです

地上はたくさんの人で栄えることになりました


その人たちを治めていたのは、スサノオの子孫であるオオクニヌシでした




しかし、それに異を唱えたのがアマテラス達
「天つ神(あまつかみ)」でした


「天つ神(あまつかみ)」というのは、天上界である高天原に住んでいる神々のこと

オオクニヌシなどの、地上に住んでいる神様は「国つ神(くにつかみ)」といいます


説得や戦いを重ねた結果、
最終的に、オオクニヌシは出雲の地に大きな神殿を建ててもらうことと引き換えに、
アマテラス達に国を譲ることを了承します





そして、
アマテラスの孫にあたるニニギノミコトが、葦原の中つ国を治めるために、
高天原から日向(ひむか)の地へと降りてくるのです




これが、「天孫降臨」です

天孫降臨の地である日向がどこだったかには諸説あります


その内の一つの候補である、宮崎の槵觸(くしふる)神社へ行ったことは、
この宇宙シリーズの1のときにブログにしています

「宇宙創生①」


他にも天孫降臨の場所としては、
鹿児島県の高千穂峰などもあります

ここにも以前行ったことがあります
詳しくは、ブログ「鹿児島に行ってきました」をご覧ください

「鹿児島に行って来ました」



諸説あれども、天孫降臨は九州の地であったことは間違いなさそうです


ニニギがそこで木花咲耶姫(コノハノサクヤヒメ)と出会い、
後に神武天皇となる彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)が誕生するまでの経緯は、
前回の宇宙創生7で触れましたね


そうして誕生した彦火火出見尊は、四人兄弟の末っ子でした


次男の稲飯命(イナイノミコト)は海の国へと向かい
三男の三毛入野命(ミケイリノノミコト)は常世の国
(海の向こうにあると信じられていた理想郷のこと)を目指し

それぞれいなくなります


残ったのは、
長男の
彦五瀬命(ヒコイツセノミコト)
と、末っ子の彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)
の二人でした


ちなみに、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)という名前は、
祖父の火折尊(ホオリ)も同じ名前で呼ばれており、
ここが同一人物とする説もあります



彼らは、ニニギが降りた日向(ひむか)の地にて、国を治めていましたが、
ここでは日本全体を治めることは難しいと判断します

そこで、兄弟たちは船に乗って東の大和を目指すことにしたのです




最初に目指したのは、豊国(とよのくに)の宇沙(うさ)
今でいう大分県です


ここで、国主のウサツヒコとウサツヒメが、宮殿まで建てて歓迎してくれます

その後、彼らは

福岡の筑紫国(つくしのくに)にある岡田宮で1年
広島の安芸(あきのくに)にある多祁理宮(たけりのみや)で7年
岡山の吉備国(きびのくに)にある高島宮でも8年

と、何とものんびりしながら東に上っていくのです

このあたりのこと、特に広島にいたときに立ち寄った先などは、
宇宙シリーズの3~6で詳しく記しています






順調に進んでいた東征の旅路でしたが、
事態は、現在の大阪、浪速国(なにわのくに)の白肩津で大きく変わります


奈良の生駒山に住んでいた、登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネヒコ)という大和の人物が、
軍を率いて戦いにやってきたのです!



(画像のナガスネヒコ、めっちゃイケメン…)


この戦いに敗れ、
長男のイツセは命を落としてしまいます…

この時に、兄の言い遺した
「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東を向いて)戦うのは良くない。廻り込んで日を背にして(西を向いて)戦おう」

という言葉のとおり、
紀伊半島沿いに船で下り、熊野で上陸して、南から大和に攻めることにしたホホデミは
もう一度ナガスネヒコとの戦いに挑みます


そのとき、
ナガスネヒコは
「我らは天磐船で天より降りた天神の御子、饒速日命(ニギハヤヒ)に仕えてきた!
あなたは天神を名乗り土地を取ろうとされているのか?」と問うてきました


ホホデミは、
「天神の子は多い。あなたの君主が天神の子であるならそれを証明してみよ」と返すと、

ナガスネヒコは、天羽々矢(あめのはばや)と歩靫(かちゆき)という、
特別な弓矢とその入れ物を見せます

ホホデミもそれを同じものを見せるものの、ナガスネヒコはそれを認めず
最終的に殺害されてしまいます

その後、ナガスネヒコの君主であったニギハヤヒは、ホホデミのもとに下り、
ホホデミは東征を成し

神武天皇となるのです




…と、日本神話の流れとともに、ここまでのまとめを一旦してみました



最後のエピソードは古事記と日本書紀で違っており、
ご紹介したのは日本書紀バージョンのお話しで、
古事記では、ナガスネヒコについての記述は無いままに、ニギハヤヒがホホデミの元に下っています


ここが次なる謎ポイント


「ニギハヤヒとは誰なのか…?」



次回は、そこについてのお話しをしたいと思います



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宇宙創生⑦

こんばんは、
留美子です!

宇宙創成7をお送りします

これまでのシリーズはこちらから

宇宙創生①

宇宙創生②

宇宙創生③

宇宙創生④

宇宙創生⑤

宇宙創生⑥




前回は
神武天皇や歴代の天皇のお姿について書きました


そして、次回は神武天皇のお母さんのお話を…
というところで終わってますね
(結構間が空いてますね💦)



神武天皇のお母様の名前は
『玉依姫』(タマヨリヒメ)といいます





玉依姫はたいへん美しい姫で
「神の御霊が依り憑く女神」と言われています


玉依姫の旦那様は鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズ)

この二人は親戚同士です



分かりやすい家系図があったので、ラノベ古事記というサイトからお借りしてきました




これを見ると分かるように、玉依姫のお姉さんの豊玉姫の息子がアエズ
つまり、甥っ子と結婚したことになりますね



神話の世界では近親婚は珍しくないことで、
ギリシャ神話などでも、沢山でてきます


玉依姫のお姉さんの豊玉姫のお話しは
童話「浦島太郎」のモデルになったといわれています




そのお話しが登場するのは、日本書記、古事記の
「海幸彦・山幸彦」という神話です






豊玉姫は大海神(オオワダツミ)という海の神様のもとで生まれ、
海の奥深くのワタツミの宮で暮らしていました


そこにやってきたのが、
火折尊(ホオリノミコト)という男神


火折尊の父はニニギノミコトです
ニニギノミコトは天照大神の孫にあたり
中つ国をおさめるように命じられ
天下ってきました
(『天孫降臨』)



ニニギは、地上に降りた先で、木花咲耶姫(コノハノサクヤヒメ)と出会い、結婚します


そして、生まれたのが三つ子の男の子でした



一番目が火照尊(ホデリ)
二番目が火須勢理尊(ホスセリ)
三番目が火折尊(ホオリ)です




三番目の火折尊(ホオリ)は、山での狩りが上手かったために、「山幸彦」と呼ばれていました


ある日海の幸もとってみたくなったホオリは、
漁が上手くて「海幸彦」と呼ばれる兄の火照(ホデリ)に頼み込み
釣り道具を借りてみます




しかし、魚がとれないばかりか、借りた釣り針を失くしてしまったのです



兄の海幸彦は大激怒
釣り針を探してこい!!と言われ、


一生懸命に探した先で、深海のワタツミの宮へとたどり着きました


そこで豊玉姫と出会うのです





二人はすぐに惹かれあい、結婚します



ワタツミの宮で暮らし、あっという間に3年の月日が流れました


おいおい釣り針は?
と思いますよね


何と、ホオリはこの時ようやく、兄の釣り針のことを思い出すのです(笑)


豊玉姫の協力のもと、釣り針を見つけたホオリは兄に謝りに行くため、地上へと戻ります


そのとき、ホオリは豊玉姫から、潮の満ち引きを自在に操れる二つの玉を渡されます

「潮満珠」と「潮干珠」といい、これが、玉手箱の由来になっているといわれています



ホオリはこの二つの玉を使って、兄を打ち倒し、
兄のホデリを従わせることに成功したのです

(そもそも自分が釣り針を失くしたのが原因なのに…)



ホオリが地上に戻ってしばらく経つと、豊玉姫が後を追ってやってきました
彼女はホオリとの子どもを身ごもっていたのです


そこでホオリは、浜辺に産屋を建てさせました


豊玉姫は
「海の国のものである私は、お産の際には真の姿に戻ります。お願いですからその姿を見ないでくださいね」と告げます


しかし、心配になったホオリは産屋を覗いてしまいます


すると、そこには非常に巨大なサメが身をくねらせ、のたうち回っていたのです
ホオリは恐ろしくなって逃げ出しました


豊玉姫は男の赤ちゃんを産み、ウガヤフキアエズと名付けられました


ホオリが産屋を覗いたことを知った豊玉姫は、
「あの姿を見られた以上、あなたの元にやってくることはありません」
といって、子どもと夫を置いて、海へと帰っていってしまうのです



ここが注目ポイントです
巨大なサメ…


これまでお伝えしてきたように、神武天皇、龍の姿をしていたという伝承があります
そして、豊玉姫は神武天皇の祖母なのです


思えば、豊玉姫がやってきたとされる深海は宇宙に通じるところがありますよね

どちらも暗く、空気がありません


つまり、豊玉姫も宇宙人かもしれないと読み取れるんですね


お話しを戻しましょう




海に戻った豊玉姫(つまり故郷の星に帰った?)ですが、
我が子のアエズが忘れられずにいました


そこで、妹の玉依姫を地上に遣わし、子供のお世話をしてもらうことにしたのです


やがてアエズが成長すると、それまで面倒をみていた玉依姫と結婚し、
4柱の男の子をもうけます


・彦五瀬命(ヒコノツセノミコト)
・稲飯命(イナイノミコト)
・三毛入野命(ミケイリノノミコト)
・彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)


最後に生まれた彦火火出見尊が後の神武天皇です




天孫降臨をした『天つ国』の神であるニニギの孫、神武天皇…

そんな特別な彼が、国を統治するために東征をしていったエピソードは、これまでのブログでお伝えしてきましたね




ですが、そもそも天孫降臨をした神様というのは、ニニギだけなのか?

というと、実はそうではありません



次回は、そのお話しについて詳しくしていきますね



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宇宙創生⑥

こんばんは、
留美子です!

宇宙創成6をお送りします

これまでのシリーズはこちらから

宇宙創生①

宇宙創生②

宇宙創生③

宇宙創生④

宇宙創生⑤



今回は仙酔島のお話から…


仙酔島は広島県福山市の「鞆の浦」にある
パワースポットで有名な所です




ラピスでも、2017年に開催した
『仙酔島へ行こう』というセミナーで、
実際に皆さまと仙酔島に行ってきました

その時のブログはこちらから

仙酔島セミナー

(上のリンクで昔のブログに飛びます)


この時は仙酔島へ行った後に
徳島の剣山へも行くという、とても壮大なセミナーでした!



懐かしいですね…


仙酔島はその名の通り、
「仙人も酔ってしまうほど美しい島」という
風光明媚な所です




仙酔島には
神功皇后が立ち寄ったと言われています

神功皇后は、
日本の第14代天皇である仲哀天皇の皇后です



仙酔島のある鞆の浦は、
神功皇后が海路で西方に向かった際、
海中から出た霊石に航海の安全を祈り、
そして帰途の際に弓具の一つを奉じたことから「鞆」という地名が付けられた
ともいわれています

このとき向かっていた、
西方とは、朝鮮半島のことを指します

何故、神功皇后が西方へ向かっていたかというと

旦那さまである仲哀天皇が、
神様より
「西方の国を治めよ」
というお告げがあったにも関わらず、
それを聞き入れなかったため、命を落としてしまったのです

そのため、神功皇后が
女将軍として軍を率いて朝鮮半島に出兵

新羅、百済(くだら)、高句麗(こうくり)の三韓を下したことから、
この伝説は
「三韓征伐」といわれています




凄いと思いませんか?
旦那さんの代わりに征伐しにいったなんて!


神功皇后の容姿は艶やかで美しく、
目は重瞳であったといわれています
重瞳とは一つの眼球に2つの瞳孔がある眼のことです

乳房には9つの穴があり、
たいへん力持ちで、
建物の柱を揺るがしたほどである
半日ほど息を止めることができた


ひぇースゴすぎます!
確かに剛力の女性だったんですね
…((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルですね…


それにしても、
重瞳といい、乳房といい、
やはり現代人とは姿形が大きく違いますね…

宇宙創成1のブログにも書きましたが
初代神武天皇のお姿も

「身長一丈五寸、身太一囲五寸、頭有両角、三寸週猶雪、尻有素龍尾、長六咫四寸、尾背有太鱗、数七十有二、年百十有五立為皇太子」となっており
これをそのまま現代文に訳すると

「背の高さは約3m15㎝
胴回りは両手を伸ばして一抱えした長さに15㎝ほど足した長さ
頭には9㎝ほどの角が二本あり、それはまるで雪のような色をしている背中には龍のような背びれがあり、その長さはIm20㎝、尾の裏側には大きな鱗が七十二枚ある。115歳の時に皇太子の位に就かれた」

とあります

(これは『先代旧事本紀大成経』によるものです)


歴代の天皇も

・綏靖(すいぜい)天皇
(2代、在位BC581年~)



身長は3m
目は黄色に光り、まるで水星のよりな輝きを放っています
背中に鱗があり、怒られるときにはそれか逆立ちました
その武術は人に勝るので軽々しくものを言えませんでした


・孝霊(こうれい)天皇
(7代、在位BC290年~)


生まれながらの御容姿は、ほかの方とは大きく異なり、お顔が長く龍のようですが、決して醜くはありません。耳は逆立ち、その耳の後ろに白い鱗があります
胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から気を放っておられます
俊敏で、どんな遠いところにも行かれます


・崇神(すうじん)天皇
(10代、在位BC97年~)


背の高さは1m90㎝
額に10㎝ほどの青い角が1本あります
下あごの歯は長く鋭く、上あごの歯は短く丸く、舌は長く鼻まで届きました


・垂仁(すいにん)天皇
(11代、在位BC29年~)


背の高さは約1m80㎝
髪は右回りに頭を9周するように生え、頭頂部で輪のように巻いてとどまっていました
両脇の下には金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしておられました


・応神(おうじん)天皇
(15代、在位AD270年~)


背の高さは2m90㎝
肘には弓を射るときの「鞆(とも)」という丸い当て皮のような形がありました
顔の真ん中の角は天に向かってまるで弓に矢を番(つが)えたかのようでした
胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていました
その長さは馬の尻尾ほどで、とても強く根ざしていたので最期まで抜け落ちることはありませんでした


・仁徳(にんとく)天皇
(16代、在位AD313年~)



ご壮年のころで、背の高さは1m90㎝ほど
目には青と黄色の光があり、耳は眉毛の上ぐらいの位置から囗の下にまで垂れ下がり、足の指は長く、まるで手の指のよりでした


『先代旧事本紀大成経』の記述では
神武天皇以降、
代を重ねるほどに身長は少しずつ低くなっていったようですが
かなりの年代になっても
人間とは思えませんね

宇宙創成の始めに書いたように
神武天皇は
シリウス系の宇宙人であると思われます

代々の天皇にこの血が受け継がれているのなら
シリウス系列の宇宙人となりますよね

各天皇の紹介画像は普通のお姿でしたが、
もしかしたら民に出るときには、こうした姿にチェンジしていたのかもしれませんね



次回は神武天皇のお母様のお話をしたいと思います



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宇宙創生⑤

こんにちは
留美子です
宇宙創成、5をお送りします

これまでのシリーズはこちらから

宇宙創生①

宇宙創生②

宇宙創生③

宇宙創生④


今回は、
広島で神武天皇が立ち寄った所をご紹介します


1.厳島
神武天皇は広島県沖に達したとき、
まず宮島の南端の須屋浦に上陸し現在の厳島神社の地にしばらく滞在しています




2.廿日市市地御前
宮島を出発した神武天皇は
地御前の地御前神社の地に上陸しました
神社西側の入り江を有府水門といい、ここに着岸されたといわれます



3.廿日市市串戸
地御前で休息の後、海岸に沿って船を進め
串戸に入り広田神社の地(近くに天王址碑あり)に着きました

天皇が天王社(広田神社)の御戸を開き玉串を奉典し奉ったことにより、
串戸と名づけられたといいます




4.廿日市市宮内
串戸から更に御手洗川に沿って奥地に入り、
宮内の大幸の八坂神社の地でしばらく滞在されました
天皇がしばらく滞在したため宮内と呼ばれるようになったとされます




5.広島市古江
その後広島市古江に上陸し現在の八幡神社の地にしばらく滞在
ここを多紀理宮といいます




6.安芸郡江田島町切串
江田島に渡り、切串の長谷川の河口にある丘陵地に宮をつくりしばらく滞在
洪水にあったために府中町多家神社の地に移動
埃宮とは江の内の意味で広島湾岸を意味しています


7.安芸郡府中町多家神社
ここは前回、ご紹介した神社です
ここはかなり長く滞在したようで、この滞在中に
矢野や船越方面にも出向いているようです




多家神社を基点として方々を巡回後は、呉市天応(立ち寄り伝承あり、天応の名も天皇の立ち寄りからつけられる)、
呉市(賊退治伝承あり)と経由し、海に出ました
蒲刈島南方海上を東へ向けて進行中、南風を受け船の梶が折れたために、上下蒲刈島の間の三ノ瀬に船が入りこんでしまいます
下蒲刈の向浦に着岸し天頭山の岸辺で船を修繕
このとき蒲を刈ったので、ここを蒲刈と名づけられました
そこから内海に出てさらに東へ進みます


その後、

因島、尾道、福山と経由し
岡山へ向かわれたそうです



このように神武天皇は広島県にかなり多くの伝承を残しておられます
前回のブログでもご紹介した、7.多家神社には七年もの間滞在されたそうです

さて、
これを宇宙観点からみると、
なぜ神武天皇は広島を主要拠点としたのか?
というお話になりますが¨
これは、最初に立ち寄った、厳島神社が大きく関係しているのではないかと思うのです




有名なチャネラーであるリサ・ロイヤルは
著書『宇宙人遭遇への扉』で
宮島周辺はプレアデス人と深い関わりがあったと記しています

宮島周辺には大規模な宇宙人の複合都市があり、
通信基地、遺伝子実験、教育、居住地域をそなえ、
大文化交流センターでもあったそうです

弥山は肉体は滅んでも
魂は永遠であることを学ぶ場所だったらしいです



また、
渡辺綱吉氏著「安芸の宮嶋吉備の高嶋宮」
によると
厳島神社の本当の祭神は神武天皇ではないかと書かれています

昭和15年の「厳島神社御由緒等調査記」には、
神武天皇が厳島を訪れており、
島内の山中には巨石を用いた祭祀の痕跡が残っている
これも神武天皇が祭祀したものと記されています

つまり、
宇宙との交信に使う拠点として使うために
長期滞在したのではないか…

と捉えることができます




宇宙都市、広島
そう考えると
ワクワクしますね

それではまた次回をお楽しみに



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宇宙創生④

こんにちは!留美子です

宇宙創生ブログ、第四弾となります

前回の宇宙ブログの最後に書いたように、

今回は広島県府中町にある

『多家神社(埃宮)』へ行ったときのお話しをしますね



この神社は
神武天皇が九州を出発して、
本州で立ち寄った場所の一つといわれています


神武天皇は美々津から船で大和へ向かいましたが、
この時のルートが

美々津港(宮崎)

大入島神の井(大分)

早吸日女神社(大分)

宇佐神宮(大分)

岡湊神社(福岡)

岡田宮(福岡)

といったように、九州を北上しています

そして、九州を離れてからの
本州に上陸してすぐに立ち寄ったのが、
広島県府中町の多家神社(埃宮)
といわれています


同じ広島に住みながら
神武天皇に興味を持つまで
府中町に寄られたとは知りませんでした




『多家神社(埃宮)』
由緒ある神社なんですね




『多家神社(埃宮)』の参道をあがると綺麗な景色が見えます




本殿です





まだ、新しい感じです

参拝させて頂きました


帰りには

多家神社の横に流れている
府中大川を、海に向かって車で走ってみました


途中で猿猴川と合流しています


猿猴川の下流は
マツダの工場がひしめき合っています


もう少しで海、というところで
マツダの建物が建っており

海まで出れませんでした


迂回して
海まで出てみます

のどかな瀬戸内の海です




海を眺めながら、
色々と疑問が浮かんできました

1.
どうしてあんなに本殿が新しかったんだろう


2.
九州はわりと各所を巡っての移動なのに
なぜ福岡から広島なのか?
山口は立ち寄ってないのか?

3.
何故府中町なのか?
広島県だと、
宮島や住吉神社、白神神社辺りに寄られそうなのに、
わざわざ海岸からかなり離れている場所に?
(埋めたにしても結構、離れていると思う)



家に帰って、府中町の歴史を調べたところ

松崎八幡と総社がケンカして
両方が神武天皇の神社と揉めていたため、

明治4年(1871)
広島県の斡旋により、松崎八幡と総社を廃し、新たに一社を設けることとなりました

社地は両社の中間且つ、神武天皇駐蹕所埃宮の伝説をもつ誰曾廼森に決定

広島城三の丸稲荷社の社殿が移築され、明治7年(1874)に多家神社が創建

総社と松崎八幡宮は廃社となりました
この時、紛争の元になるという理由から両社の古文書・古記録の類は全て焼却されてしまったということです

古文書を焼いただなんて…
とても残念です…

歴史的には埃宮がまずあり、そこに神武天皇が立ち寄られ、
その後、その場に多家神社が建てられたんですね

だから新しく感じたんでしょうね


そして
本州で初めて寄られたのが広島なのではなく、
山口県でも徳山に寄られてるみたいです

こうして神武天皇の立ち寄られた場所を見てみると、
広島県はたくさんあるみたいです

そちらの紹介についてはまた今度ブログにしますね


そして、最後の疑問
何故府中町なのか?

これは昔の地図を見たら何となく解決でした



こちらは
14世紀頃の広島港頭の海岸線と街道(想定図)です


これより古いものが見つからなかったため、
神武天皇が大和を目指した8世紀ごろとは、600年ほど違っており、
また地形は違うかも知れませんが…

なんにしろ、14世紀時点でも
住吉神社も白神神社も存在していないことが分かります

多家神社(えの宮)は
海岸線に位置し、入江になっているので船を止めやすかったのでしょうね

今回はあまり宇宙との関連は見つけられませんでしたが、
きっと深く知っていくことで見えてくるものがあるのだと思います

分かったときにはまとめてみますね

歴史を検証してみるのもとても興味深いです


次回のブログでは、
先ほどもお伝えしたとおり、
神武天皇が広島県でどんな所に寄られたかについてお話ししますね

+16

宇宙創生③

こんにちは!
留美子です

先日のお休みに
『天ノ岩座神宮』に行って来ました




こちらは
安芸高田市の大土山にある岩石を信仰のために祀っており、
神殿を設けない古い磐座信仰のところです


古来より、人々は気象の動きや自然の移ろいに、
神の存在を感じていました

万物に神々が宿ると信じ、
神の力を戴き、
神と共に暮らすことを願っていたのです


そして、神を招き、感謝と祈りを捧げる祭祀を執り行っておりました
それに答えて神が降臨される依代を、
磐座(いわくら)と呼びました

神籬(ひもろぎ)や神奈備(かむなび)ともいいます



この大土山の山麓の小原は、
地元の人々の深い崇敬の対象で

縄文時代には人が住み
大きな集落の存在を示す数多くの遺跡や古墳が発見されており
未調査の古墳が約四百基もあるそうです


これらのことから
この地には
古代から文化が形成されており、
大土山の磐座は古代祭祀の聖地であったと考えられています


先日も庄原市にある『日本ピラミッド』に行ったことをご紹介しましたが

宇宙創生②


このように、
広島県と岡山県には沢山の巨石が存在してます



神武天皇が東征の途中に
立ち寄ったとされる所には
必ずといっていいほど、巨石文化が存在してます


やはりシリウスと神武天皇には深いつながりが…



と、そんなことを考えながら
砂利道を車で突き進むと

まずは大鳥居に着きました




参道を進み
遥拝所前の大鳥居をくぐります


ここから、磐座の場所まですぐかしら~
なんて思っていたら、
鳥居の先は谷のようになっており、
中々の道…

今日は孫ちゃんも連れてますので、
歩いていくのは難しいぞ…

と思っていたら、
鳥居の手前に道路がありました

きっと繋がっているにちがいない!


一旦鳥居を出て、発進

中々な悪路で
途中、砂にタイヤが取られてたりもしながらも進むと、

またもや鳥居が見えてきます




最初の鳥居との位置関係はこんな感じです

中央にあるのが二番目の鳥居で、
写真の右の奥のところにある、
白い鳥居が最初の鳥居です





車では5分くらいでしたが、
もし歩いていってたら日が暮れてたかも(笑)


上の写真のところから、くるりと後ろを向いたら、
こんな感じになっております



色んな岩がありますよね

そして、この岩一つ一つが磐座なのです

配置図はこうなっておりました





先ずは
横の殿で参拝

そして、


各磐座へご挨拶しにいきました


景色も良いし、素晴らしい磐座にも出会えて最高の気分でした




これが、中央にあらせられる
天照大身神と天照皇大神の磐座です

私には
『宇宙戦艦ヤマト』に見えました


上の所は
レーザービームが発射するところに見えませんか?


きっと、
宇宙人がここに降り立った時の宇宙船で

その後金属が朽ち、土が積もり、
このように岩になったんじゃないかしら…


前回の宇宙創成記ブログにも書いたように
巨石文化はシリウス人との関係がとても強いものです

ここは
宇宙人、それもシリウス星人が乗っていたスペースシップに違いない

などと
密かに思いを馳せるのでした



ここでシリウス星人小話を…

西アフリカのマリ共和国には、ドゴン族という民族が暮らしています




彼らの神話には、シリウスに関するものがたくさん伝えられているのだそうです



例えば、

「シリウスの周囲には「ポ・トロ」という星がまわっている
この星は白色で、すべての星の中で最も小さく、
サガラという非常に重い金属で構成されていることから宇宙で一番重いという」

実は、このポ・トロの特徴と一致する「シリウスB」という星は実在しています

この星は恒星の中では最も小さく、超高密度の物質で構成された非常に重い星で、
天文学では「白色矮星」と呼ばれているのです

非常に暗い星であるため、肉眼ではまったく見ることができません


しかし、望遠鏡も持たないドゴン族は、このシリウスBの存在を知っていたのです


更には、
1995年にフランスの天文学者が発見した、シリウスCの存在もドゴン族の神話には登場します



ドゴン族の神話では、
遠い昔
偉大なる神アンマが、宇宙でノンモを造り、ノンモに似せて人間を造った

ノンモは人間の先祖と共に方舟に乗って空から大地に降りてきた

そして正しい知恵を人間に与えてくれた

という、シリウス星系の宇宙人が古代に地球を訪れ、文明と社会を構築したという言い伝えがあります


つまり、これも事実なんです


シリウスは
3つから5つの星で出来ており、
それぞれタイプも違っています

犬から進化したタイプ
海洋生物、イルカやクジラから進化したタイプ
ネコや、龍の姿から進化したタイプ


まだまだ興味の尽きないシリウス人ですね


太陽を背に君臨しているお孫ちゃんで、
最後を締めくくろうと思います





次回は
神武天皇が立ち寄ったとされる
多家神社(えの宮神社)へ参拝したお話にを書きますね



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宇宙創生②

こんにちは留美子です!


先日、
『日本ピラミッド』へ行ってきました!




え?日本にピラミッドがあるの?

と思われた方もいるかもしれません



そもそもピラミッドとは
お墓ではなく
宇宙と交信する場所のこと


太陽神をまつる神殿を山頂に建設した、
「山自体」のことを指します


実は日本にはたくさんのピラミッドがあるんです!

その一つが、
広島県庄原市にある葦嶽山(あしだけやま)にあります


葦嶽山にピラミッドがあることを発見したのは、
オカルト研究家の酒井勝軍氏


「神武天皇のお墓ではないかと言われている山を村の若者たちが登ったところ
山頂に巨石があり、そこに宝があるのでは…!

と掘り進めたところ、石垣や石材しか出ないので中止した。その巨石には意味不明な文字が刻まれていた。」


というお話を、昭和9年3月、地元の代議士から聞いた酒井さん



同年5月に、
その山を調査しました


そして調査の結果、

「ここが2万5000年前に建造された日本のピラミッドである!」

と宣言したのです


当時は新聞などでも話題になり、全国から人が殺到したらしいです


詳しくは、酒井さんの書かれた

「日本ピラミッド超文明」

という本を見てみてくださいね



そして酒井氏はこんなことも言っています

「ピラミッドの発祥地は日本であり、2万年前から3万年前の超古代にさかのぼる。
そして、エジプトのピラミッドはこの日本発祥の原型的なピラミッドが伝播したもの」


「古代には日本民族が世界中を支配しており、天変地異でその文明は崩壊してしまった。
天変地異によって、それぞれの地域に孤立した子孫たちがエジプトに神殿を作ろうと思いできたのがピラミッドである」


ワオ~✨
何と興味深い!


今、ラピスでは宇宙創成のセミナーをしています


酒井さんから直接お話を聞きたかった…
(1940年にお亡くなりになっておられます)



ですが、
ピラミッドには行ける!
なんたって広島だし!

ということで
いぬ二匹を連れてLet's Go!

 

高速を使って
あっという間につきました

まずは腹ごしらえということで、
お昼ごはんです✨



土日限定のお蕎麦屋を発見したので
そこで、お蕎麦を頂きました



地域のお母さん方がお店をしているみたいで(多分)
お味も優しかったですよ


ただ、12時前には着いたのに、
定食は売り切れてましたので
行かれる時はお早めに~



お腹も満たされ、
準備は万端!


山に登るぞ〜
と張り切っていたところ

崩落のため車はご遠慮してくださいと看板が…


なので、駐車スペースに置いて
アスファルトの道を歩いて登りました


この調子なら楽勝か〜
と思っていたところに…





どうやらここからがスタートみたいです
(何台が車が停まっていたので車でこれたのかも…)


よーし、ピラミッドに登るぞー!

と、なりますが…


お供のワンチャン
既に、この時点で歩きたくないよ〜
と駄々っ子


抱っこして歩くはめに…(街っこ犬です)



階段が続いていて、結構きつめでした


途中見えた巨石「鷹岩」



確かに鷹に見えますよね

ヒイヒイ言いながら登って1時間くらい…
(案内には30分とありましたが、到底無理!)



ようやっと頂上に着きました!
これがピラミッドの頂点から見た景色です✨

景色がサイコーです✨



で、肝心の巨石群はどこ?と見回すと
ここから、さらに歩くようです


そして、道を見ると険しい道でした

チャレンジしてみましたが
滑りそうになるし
お供たちは、必死の顔で四本の足をフリーズして
行くことを断固拒否!


ということで、
今回は諦めました…


頂上から少しだけ、
巨石が見えました


今回は行き着けなかった巨石群は、
こんなところだそうです


庄原市から画像をお借りしました





最初のほうに、
今ラピスでは宇宙の創成のセミナーを開催しているとお伝えしました



今から書くことは、これからお伝えするところなのですが、ちょこっとご紹介します♥



太古の時代
地球を支配してきた宇宙人は
主に3種類

・シリウス
・プレアデス
・オリオン


この中でも、
シリウスから来た宇宙人たちは、
地球の巨石群と関係があります


昔、シリウスから来た宇宙人たちは、
宇宙船のトラブルによって
緊急に避難しなければならなくなり
その時に地球に不時着しました


帰れなくなったシリウス星人は、
故郷から応援を呼ぶことに


そのために、
地球に巨石の構造物を建てて
通信しやすくしたのです


エジプトのピラミッド
メキシコのピラミッド
イギリスのストーンヘンジ
イースター島のモアイ像などにも
影響を与え、
巨石文明が築かれたそうです


日本にも巨石群が山の頂上などにみられますが
それも、シリウスの宇宙人が置いたといわれているんですよ!



ですので

きっと、
日本ピラミッドもシリウス星人が作ったのでしょうね


シリウス星人は
犬型、熊型、ライオン型…などとも呼ばれています

身長は4メートル以上

エジプトのアヌビス神は、
シリウス星人といわれています




不時着した後は、
山の上などに住み
巨石を使って保護シールド築いて暮らしていました



保護シールドがないと生きていけないので
常にヘルメットを被ってました

それが、一つ目の巨人に見えたそうです


ギリシャ神話に登場する一つ目の巨人
サイクロプスもシリウス星人といわれています



(画像はフランス画家オディロン・ルドン
が描いたサイクロプスです)



日本では、ダイダラボッチとしても知られています



ダイダラボッチは、宮崎駿監督の「もののけ姫」にも登場しますね



そういえば、
ダイダラボッチに変わる前のシシガミ様の姿も、シリウス星人の特徴に通じるものがあります…



そんなシリウス星人が住んでいたに違いない、
巨石群のある場所の名前は
鬼叫山(ききょうざん)というそうです



シリウス星人は、通信をするときに出す音は、
今でいう山伏が法螺貝をふくような音といわれています


想像してください…


山で一つ目の巨人が、法螺貝のような音を出している…



昔の人が、鬼叫山と名付けるのも納得ですね



さて、

シリウス星人をご紹介したときにお伝えしたように
彼らが巨石群を建造したり、音を出したりするのは


「仲間と通信するため」



ということは、この山頂から仲間を呼んでいた


それはどの方面に呼んでいたのか…
頂上からの風景を確認


すると、山々がそびえる中




南西の方向は開けているなぁと発見




もしかして、南西の方に向けて発信していた?



仮説を立てて、
地図で確認!



すると…



なんと、
先日の九州旅行にて行った、

神武天皇が大和に船出した
日向、美々津港があるではないですか!


その時のブログはこちら






思い出してください!


ブログの始めにも書きましたが、
元々、この葦嶽山がピラミッドと分かったのは


「昭和9年3月、
神武天皇のお墓ではないかと言われている山を村の若者たちが登ったところ
山頂に巨石があり、そこに宝があるのでは…!
と掘り進めたところ、石垣や石材しか出ないので中止した。その巨石には意味不明な文字が刻まれていた。」


という話を酒井氏が聞いて、調査したことから始まっているのです



やはり、神武天皇とシリウス星人は深く繋がっていると確信です


ますます神武天皇に対しての謎を解き明かしたいですね…!




酒井氏は、
著書である「日本ピラミッド超文明」で
ピラミッドの発祥地は日本であると唱えています


2万年前から3万年前、
日本発祥の原始的ピラミッドがエジプトに伝搬したというのです


2〜3万年前といえば、
日本は縄文時代


実はこの時代、
地球に最もシリウス星人たちが住んでいた時代といわれています



また、古文書などでも、
(日本書紀古事記より以前のもの)
日本が世界の始まりであると書いてあります

以前、ラピスツアーでも行ったことのある
熊本県の平幣神宮でも、
日本が人類発祥の地で、そこから世界へ広がったといわれました



ここまでの発見から、
多分こうだったんだろうというイメージを基に、
歴史の動きを書いてみましょう!

2万5000年前
日本は縄文時代

シリウス星人たちが、
葦嶽山へ飛来
最初は宇宙船が故障したため、救難信号を送るために巨石群を築いて仲間へ交信

それをきっかけに続々シリウス星人が地球へと到着
交信場として、巨石群を築いて交信

シリウス星人=ダイダラボッチ
ダイダラボッチには山や湖沼を作った伝承が多く、神様と崇めていた

人類は
日本から広がり、エジプトへ

(もしや、その広がりにもシリウス星人が関係している?)

神様と崇めるシリウス星人の指示のもと、
エジプトでピラミッド建設

それが、後にアヌビス神となる

更に、世界中へ広がる人類
モアイ像
ストーンヘンジなど
巨石群を築き、
シリウス星人=神様への信仰も広がっていく…

と、、、


うーん、なんて膨大なロマン



どうでしょうか?


とても楽しい旅でした



我が家の
シリウス星人仲間、ワンコたちは
ホトホト疲れたみたいです


帰りの車では爆睡しておりました



詳しくことが知りたい方は、
ラピスでまたお話しますね!

長文になりましたが、
見ていただきありがとうございます♥



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宇宙創成①

こんにちは、留美子です😄

この4連休を使って、
宮崎県、鹿児島県の旅に出かけてます



というのも、
実は今、宇宙創成の歴史の研究が
マイブーム

というのも
コロナの影響で時間の余裕も出来、
これまで「読みたい」と思いつつも
手を出せていなかった本を色々読んだりし、
私なりに考察しているのです


そんな中、
9月8日の会見で、河野防衛大臣が
万が一UFOに遭遇した場合の撮影や報告の手順に関する対処方針を、近く決定すると明らかにしました

とうとう未知との遭遇も間近か?!
と色めきたっております


ラピスでは今まで
毎年の出雲旅行や

グランドクロスで、回る伊勢神宮
神社参拝
弊立神宮、高千穂など、天孫降臨の旅
等々…色んな企画でツアーをしてきました

その企画段階で
現地へ視察に行ってインスピレーションを得たり
日本神話を勉強したり…
と、長年ライフワークの一環として
取り組んできている中で

神様は
どう考えても
『宇宙人』だなー

という私の思いが大きくなってきたのです

神様と思って、神話を読んでると
なんで天上界から降りるの?
それも飛行物体に乗って?


となるのですが
これを『宇宙人』だと置き換えると
腑に落ちるんですよね



そして、そこを研究していくと

神様=宇宙人は
この日本を中心に世界へ広がっていったんだ!

ということが
だんだん見えてきました


ですので
先ずは日本の歴史をまとめていこうかなと思います


これから、
宇宙創成のカテゴリーで
色んな時代の話しなどを書きたいなと思ってます


始まりである今回は
【神武天皇】のお話となります


神武天皇は初代天皇です



しかし、その容姿は

・3m15㎝
・頭には9㎝程の雪のような白い角が二本
・背中には背鰭があり、その長さは1m20㎝
・尾の裏側には大きな鱗が72枚


と、いわれています

どう考えても人間じゃありませんよね…?

その姿はまるで
「龍」です



そして、その正体こそが、
「ドラゴニア(龍人)」という宇宙人
もしくは宇宙人と人間のハイブリッドなんじゃないか、といわれているのです


宇宙人の種類は沢山ありますが
この地球に関与した宇宙人は
ニビル星からきたアヌンナキ
そして、オンオン、シリウス、
プレアデス
といわれてます


先ずは
宮崎県の天孫降臨の地
くしふる神社へ参拝します

【くしふる神社】

天孫降臨の主役である
ニニギノミコトをお祀りしていますが
他にも数柱の神様がお祀りされています

鳥居をくぐります



青々とした森のトンネルです



山そのものが神と崇められている所ならではです

入っただけで空気が違います

本殿に参拝



確かここは「高天原遥拝所」があったはず…
どこかな―

右、左と道を探しても見つからないので
取り敢えず右の道を選択しました

ありました



高天原遥拝所



この地上に降りてきた神々が
遥か遠くの高天原(天上界)を
拝んだ所です




精霊さまがいらっしゃいました



ご挨拶をして
いつもありがとうございます
と感謝を伝えます


次に

【立磐神社】



ここは神武天皇が大和の国(奈良)に向けて
船で旅立ったとされる所です



最初の海軍とありました


神武天皇が腰かけた岩




月、太陽の灯籠





世界の真のリーダーは
この太陽派と月派との戦い!
といわれていますが…
神武天皇はどちらなんでしょうか?

ホントに興味が尽きません!


この神社には朝の5時から
スタンバっていました
日に向かう
日向の地なので
太陽が真東に昇るので
秋分の時に太陽を拝みたかったのです


『宮城県日向美々津』
ここは神武天皇が
大和の国(奈良)へ船で旅立ったところです



秋分を迎えるこの時に
この海岸から朝日を拝みたいと思います



動画をご覧下さいね



【余談編】

立磐神社から車で15分程で
『十字岩』へ行けます



漢字の叶うの形になっていて
宮崎県の観光スポットとして
願いが叶うとパワースポットと紹介されてましたが
叶うということより
岩の形が東西何北に設置されていることがミラクルです!

きっと宇宙船から見たら
地図の方位のようにみえただろうなー(笑)


と、このように
神武天皇の足跡を辿ってみました

宇宙創成については、
セミナーにもしています

興味のある方は、お伝えくださいね



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宇宙から見る世界の動き

こんにちは!るみこです

広島県でもコロナ肺炎のクラスターが発生し

ずいぶん罹患が増えてきました

そして、昨日は全国に『非常事態宣言』が出ました

ラピスでもセミナーなどキャンセルとしましたので
私も自宅待機をしたり
昼から歩いて出てみたりと
ずいぶん、ゆったり時間で過ごしております

ゆったり
といえども、道行く店をみてみても
営業を休んでいたり、飲食店ではテイクアウトのお弁当を頑張っていらして
街の風景が変わっての中なので
なかなか、気持的には沈みがちです

このままでは
経済も大変なことになってしまう…

皆さんも感じてらっしゃると思います
この先どうなるんだろう…
との不安な気持ち

星は何と言ってるんでしょうか?



先ずは
今年始めてに書いたブログをもう一度上げてみましょう




あけましておめでとうございます

年越しそばも頂いて
無事に2020年の除夜の鐘も聞いて
年明けです

2020年はどんな未来が予想されるでしょうか

2020年のメッセージは
『チェンジ』です

大きなイベントとしては土星と木星が水瓶座で重なります
(グレート・コンジャクション)
土星は「ルール」
木星は「発展、拡大」

つまり、ルールは水瓶座的な考え方にし、そのルールに従えば発展しますよ
というメッセージです
では水瓶座的ルールとは何でしょう
水瓶座は自分な好きなことを好きな仲間でシェアしながら行っていくこと

ですので、2020年はこれまでの常識、価値観がガラリと変わるチェンジの年となります

これは12月22日におこりますので、約一年後です

それまでに、新しい常識、価値観を柔軟に変えていくことが必要です
宇宙は優しいので、何回も私達の思考を変えてくれるようにと星の配置でそのように促してくれます

まず、1月11日は
蟹座の満月(月食)となり
反対の山羊座では
土星と冥王星が山羊座で重なります

土星は「ルール」
冥王星は「破壊」

山羊座の社会的システムなどのルールは破壊ですよというメッセージ

そして3月22日に土星は水瓶座へ
ここら辺でルールは水瓶座的なものへチェンジします

7月6日は木星と冥王星が山羊座で重なります
木星は発展、拡大
冥王星は破壊

もう一度、山羊座的思考を壊していきます

この2020年最後に起こる
木星と土星のグレート・コンジャクションで変容できた人は
人生の豊かさを実感できることとなるでしょう

また、東洋占星術でも
2020年は庚子(かのえ・ね)の年です

子は五行に例えると水となります
庚の金は子の水は相生の関係です

庚は大きなナイフを表し、道なき道の草を斬り倒し進んでいくエネルギーを持っています
その斬り倒したものを水で流していくのですから
これまた『チェンジ』
新しい道を探すように、この一年は動いていくこと、変わっていくことで吉を呼び込みます

どちらにしても
2020年は『チェンジ』していけるよう
柔軟な考え方で、ぶれないようにチェンジしていきましょう

チェンジした新しい考え方が
自分の中で
受け入れられた時
宇宙のリズムと共振し
新しい道が用意されています

では素晴らしい時を過ごしていきましょう




上にも書いたように、
2020年は『チェンジ』の年でした

チェンジとは水瓶座の考えに移行するからです

水瓶座は
自分な好きなことを好きな仲間でシェアしていく星座です



今の状態は
変化・チェンジせざる得ない状態ですが…
では、どのように
考えて
変化、チェンジを受け入れていけば良いのでしょうか?

今まで
私達はピラミッド型の社会で生きてきました



つまり0.1%の莫大な資産を持っている人を頂点とし

次にその人たちに操られる表では活躍している人々(首脳やら要職についている人々)

その次はその実行部隊(官僚の人々)

そして、大勢の平民


そのシステムが壊れる
ということです

水瓶座的には
この平民たちが『ピラミット辞めた!』
といって
どんどん自分の好きな仕事をして
ピラミット解体をめざせば良いわけですが…

しかし一方では
そうはさせまいと、古い体制を維持したい人たちがいるわけですから…

今の時点では2つの道が用意されているのです

でも宇宙のメッセージは
抗いようのないものですから
色んな問題を解決しながら
ピラミットという縦社会を壊して
横社会である
水瓶時代を迎えていくはずです

ですから
水瓶的発想が出来るように
私達は柔軟な頭を持たなければなりません

水瓶座はコンピューターを司どってますので
先ずは、コンピューターを使いこなしましょう
いろんな情報を得て、自分なりに推理していくこと

また、
今は色んな機能が出てきているので
それを使っていきましょう

使いこなすのに億劫になってきている中年の皆さまも
こんな暇な時なので、勉強しましょう

そして、トップダウンの世界はなくなりますので
自分の発想、決断、などが必要となります

そのために色んなものに興味を持ちましょう
そして、自分にも出来るのではないかとチャレンジ精神を養いましょう

でも
それが出来るのも
基本的な経済が安定しないとできませんよね

0.1%の富裕層たちの資産が皆にいきわたれば、基本生活が出来るはずですが…
しばらくはゴタゴタが続くと思います

星的には
経済が落ち着く時期は何時なんだと見てみると

2021年は
改革と革新の星、天王星が
農業と金融を司る牡牛座におり
水瓶座・土星と相剋関係
経済はますます混乱していきます

少し落ち着くのが
2022年あたりでしょうか

それはコロナ肺炎の収束予想時期と重なっているかもしれませんね

それまでは、何とか皆で知恵を出してあって
乗り気っていきましょう

私達に今必要なことは
今までの書いたような柔軟な思考
そして強いリーダーを求めないことだと思います

こんな不安定の時は人々は強いリーダーを求めます

このコロナウイルスの流れは1918年から起こったスペイン風邪とよく比較されます



その収束後

1922年ファシズムの台頭
(ファシズムとは国家主義的(軍国主義)独裁政治)
1923年に関東大震災
1930年世界恐慌
1933年ナチスヒットラー首相就任
1939年~1945年第二次世界大戦
といった流れとなってます

この流れを繰り返してはいけません

強いリーダーを他者に求めず
自分に求め
ひとりひとりが
惑わされることなく
生きていきましょう






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